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仲野義文館長(石見銀山資料館)提供

1.銀山争奪戦と石見小笠原氏

 『銀山旧記』にみる小笠原氏の石見銀山支配

  享禄4(1531)年2月、小笠原氏、家臣の志谷修理太夫・平田加賀守等をして矢滝城を攻めさせ銀山を大内氏より奪取

  天文2(1533)年、小笠原氏が支配する銀山を大内氏が奪還し、吉田若狭守・飯田石見守両人に銀山を守護させる

  天文6(1537)年8月、出雲の尼子氏銀山を攻め吉田・飯田を誅戮し、銀山を領有

  天文8(1539)年5月、大内氏また銀山を攻めて取返し、内田正重を奉行として支配

  天文9(1540)年9月、小笠原氏、家臣の大久保肥前守・大谷遠江守をして銀山を攻撃、大内氏の奉行内田正重自害させる→永禄3(1560)年までの24年間、小笠原氏による銀山の支配が行われる

※ただし近年の研究では小笠原氏が銀山を直接支配した事実は疑問視されている。しかし邑智・邇摩・安濃に勢力を持つ小笠原氏が銀山およびその周辺地域に大きな影響力を持っていたことはいうまでもない。

※仝況鳥亜崙子氏の石見国進出をめぐって ―石見銀山、吉川・小笠原氏との関係を中心に−」(『山陰史談』29山陰歴史研究会編 2008年)・『石見銀山史料解題 石見銀山旧記』島根県教育委員会編 2003年 

 

【史料A】『三原郷丸山城主系図』(天文12頃)

十三代長徳 弾正少弼 初与次郎 次兵部太夫 妻ハ福屋ノ娘ナリ 嫡男弥次郎長雄 長徳ノ時義隆尼子責ノ高名ニ依リ大家三方、下都治、延里一郷 佐摩、白坏、井原ヲ知行ス、

※尼子攻めの功績によって大内氏より所領が与えられたが、そのなかに佐摩村(銀山が所属する郷村)がある。

 

【史料B】大宮家文書

おも田原大かめ岩に至まて、無残其方両人町中為柴草、末代遣申候、以来共裁判可仕者也

天文拾五年二月九日      長実(花押)

神主 宮内大夫殿

野田三郎兵衛殿

※大家八幡宮の神主大宮氏と小笠原の大家目代の野田氏に対して柴草山を安堵する

 

【史料C】『萩藩閥閲録』巻55

祖式式部少輔賢兼 友兼共

本名小笠原氏ニ而御座候之処、代々石州祖式ニ居住仕、夫より称号祖式ニ罷成候、元就公御代属御

幕下、御運用度々相勤、御感状数通被下置之由御座候処、或焼失或紛失仕所持不仕候

 

銀山の争奪戦と小笠原氏の動向

弘治2年毛利氏は銀山を領有するものの、尼子氏による度々の攻撃にあって同年9月には銀山が奪取される。

【史料D】毛利元就書状

御状到来拝見候、来嶋江有御出、上関城衆以下被仰調之由候、誠ニ肝要候、御辛労更以無申計候、仍此状態可申候処、御飛脚到来、所希候、銀山尼子陣之事、此方為後巻罷出候事、其聞候而、浮立候、然砌、佐波ニ置候此方人数、佐波衆申談、中途之山へ打上、成行候処、則時退散候、山吹衆敵数輩討捕由候、左候間、三久須、矢筈、三ッ子以下敵城、悉退散之由候・・・

(弘治二年)

    八月九日   元就(花押)

乃美兵部丞殿

 

【史料D】「老翁物語」

一山吹より西田口へ打廻りに、山崎小七郎物頭にて、こうじ坂迄打出し候処に、温和泉の衆出合ひ戦ひ候て、山崎小七郎鑓下にて討死仕り候、此方高畠手へも二人討取申し候、

一銀山の城、持届け候事相成らず下城、刺賀、高畠両人温泉海蔵寺にて尼子方より切腹させ候、残る者共をば此方へ送返され候、さ候て山吹城へは雲州より本庄越中を籠め置かれ、雲州衆悉く打納められ候、元就公も雲石堺目、堅固に仰せ付けられ候て御帰陣候

 

※毛利氏は銀山の奪回とともに、石東地域に勢力をもつ小笠原氏に対する攻撃を開始し、ついに永禄2年8月にその軍門に降る

 

【史料E】武明八幡宮文書

近年弓矢ニ毎年心懸神妙候、仍三百疋地並於銀山屋敷壱所可遣候、次銀山々神祈念の儀康光ニ申

付候、向後之儀郷豊ニ可申付候、弥心馳肝要候也

永禄二年六月晦日   長雄(花押)

湯浅右京丞殿

 

【史料F】清水家文書

去月十二月至銀山毛利殿動之時、於山吹城水手僕従九郎左衛門敵一人討取候、時分柄一入神妙候、彼者可加褒美之事肝心候、長朝(期)忠義候、弥忠節肝要候也

永禄四年五月廿日      長雄(花押)大蔵丞殿

 

2.銀山の経営と周辺地域の産業

たたら製鉄

村名

御林

面積

植生

川本村

田水山

185.8

雑木・小木

笠取山

1.6

雑木・小木

細平山

60

雑木・小木

下り谷山

67.4

雑木・小木

城ヶ谷山

24

雑木・小木

大平山

6

雑木・小木

楮原山

0.6

雑木・小木

一ノ丸二ノ丸

85

雑木・小木

三原村

丸山

64.2

雑木・若木

川本町は中世期以来たたら製鉄が盛んに行われた。たたら

製鉄で生産された鉄は、銀山の採掘道具などの素材として

利用された。

また、江戸時代にはこうした鉄山経営者が幕府の御林を請

け負い、自らが経営するたたら用の木炭を生産すると同時

に、それらの一部が銀山での製錬炭として利用された。

 

 

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